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2015年124 [ライブ]

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@名古屋

アリーナの規模の違いに愕然として。
自分にとってのキャパオーバーだと自覚して。

つまらなかったわけではなかったけど、それに近い感覚もちょっとありました。

たぶん、歌い手のテンションに自分の気持ちが合わないのもあって。
名古屋のあの、何となくぐだぐだなMCがダメで。
本人に伝わらないのを良いことに本音を言えば、
異和感が残るんですよね。
違和感、ではなくて。

だから、歌を聞くのもなんだか興醒めで。
ベースもなんだか軽く聞こえて。
本人たちのはしゃぐためのライブにも見えてしまいました。

その感覚が、何となくいつかの感覚と似ているのを思い出して。
今さらふと、懐かしい記憶を探しに出掛けてきました。


10年前のドームライブ。
個人的にはどうしようもなくつまらなくて。
あんな歌しか歌えないなら、ライブにいく価値もないと思えて。
本当に憤りを覚えたのを思い出しました。

それは、今となれば、先の見えない自暴自棄にも似た感覚だったのかもしれないけど。
そこで、ふと、なんかあるのかなぁ、と立ち止まって考えた自分もいて。
だから、信じてみたのも確かで。

だから、 <>気持ちの整理がつくまでは、アリーナの彼ら……いや、彼、に期待するのはやめました。
次にまた、気持ちが揺れるようになったら、
たくさん足を運ぼうと思いました。


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2015年0115 [ライブ]

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広島

慟哭のような痛みを内包した音は、切なくもあり、深くもあり。
違和感を覚える程度には、他の公演とは確かに違う気がしていて。

あの人の命日だとは知らなかったけど、
レクイエムのようだと、記憶のどこかで感じたのを覚えています。

アルバム全曲を最初に持ってきたのは、聴いてほしいと切実に思ったんだと思います。
それに気づいたとき、泣き出しそうな感情が見えた気がします。

人に聴かせるというよりも、自分のために弾く日だったんだなぁって。
個人的にはそんな音が好きなので、幸せな空間でした。

病院
いつもは、彼らの子供たちへの想いを込めていたんだろうけど。
この日だけは、大人への曲に聞こえました。
浮かぶ情景や感情のベクトルが違うのは、もしかしたら、自分のリアルな体験が残っていたからなのかもしれないけど。

救えない命の重さと、遺される側の喪失感と。
それから、それを客観的に見ている自分と。
その三方向が交錯して、プリズムのように分裂するような、そんな錯覚がありました。

全体的には、攻めの雰囲気で。
全力投球しているのもすごくわかったし。
良い意味で、同じ方向を向いているのがわかるような雰囲気でした。
コーラスも、キーワードを叫ぶような雰囲気で。
その感情のベクトルの複雑さに、何となく見覚えがあって。
正面から向きあって、一旦全部全身に浴びてから、その意味を見つめ直すのが良いような気がしました。

ああそういえば、
こんな風にリアルな音が聴きたくて、ここまで追いかけてきたんだなぁ、って。


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2015年0119 [出逢い]



ひさびさに、想い出を残そうと思って「言葉」を残してみました。

そうして、いくつかお気に入りの場所をめぐりながら、
少しずつではありますが離れていってしまった人たちをみかけて。
それが悪いとか、良いとか、そんな単純なことではなくて。
なんとなく。
切なさと、感慨にふけるような気持ちがありました。

仕方ないんだと思うんです。
少しずつ気持ちが離れていったり、考え方が変わったりするのは。
人だから。
人生の中のどの部分に彼らがいて、こういった空間を築き上げるに至ったかは人それぞれで。
きっと自分も、10年以上たった今は、当初の感覚とはずいぶん離れた場所にいるのもわかっていて。

でも、彼らへの気持ちは意外とまだしっかりあるので。
言葉としてこの場所へ残すことが少なくなったとしても、彼らから気持ちが離れたわけではないので。
離れていく人の背中を見つめながら、手を伸ばしたり、声をかけたりできず、
ただじっと見送るしかできないのも事実で。

それを、ひさびさに感じたので。
この場所へそんな気持ちをおいていこうと思いました。


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2015年0110 [ライブ]

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@岡山

前方が開けていたので、
上からステージ全体を見渡せたのが幸せでした。

アルバム紹介のようなセットリストなので、スタートからすごく音が強気で。
今日は多分、音重視の日なんだなぁ、と。

全体を通して、パフォーマンス的な煽りは少なくて。
きちっと楽器と向き合って、演奏している側が楽曲に溶け込むような、そんな演奏に感じました。

まだ2015年は2回目ですが、すでに良い意味で演奏に重点をおいてくれている気がします。
パフォーマンスに傾いているときも、暴れる、という表現は多分ちょっと何かが違っていて。
煽るとか、そういう表現の方がニュアンスが近い気がします。

覚え書き的メモとして。
妄想コレクターのベースはすごく静かな情熱で。
気持ちの上では昂っているんだろうけど、意識の中では平静を保ってリズム隊に徹しようとしている、そんな感じがありました。
疾走ミライ、は、とにかく全身で叩きつけるような弾き方で。
感情の先走ったような、そんな少し粗っぽさもどこかに感じながら、
それが逆に情熱的でかっこよくて。
アンプを通して、空間を満たすその音を、衝撃として全身で浴びる感覚に、じーんとしました。
あれはたぶん、感動とか、慟哭とか、そういう強い感情のような気がします。
これは今日の一番だなぁ、と。

あとは、都忘れは藤色のライティングも、ステージに落ちる影の雰囲気も、なんだかおしゃれで。
ジャズの大人っぽい、切なさとほろ苦さと、しっとりした感じが折り重なったファンタジーの雰囲気を感じました。
楽曲も含めて、きれいだなぁ、と。

時折、天を仰ぐように上を見つめるジロウくんの顔がかっこよくて、見惚れてしまいましたが、
バラードの演奏前の、楽器に指を添えたまま俯く佇まいも、負けず劣らずかっこよかったです。

あとは、アンコールのmcの前に、小さく自己練習していて。
その、生の元の音を久々に聴けたのは、幸せでした。
弦のざらざらした金属の擦れる音は、クラシカルな弦楽器の艶めいた音と違って音の幅が広いぼんやりとした音に聴こえて。
でもそれが、生の演奏なんだなぁ、と実感できる瞬間でもあって。嬉しくなりました。

前回の福井でも、花道横で叫ぶ声を聴けたのも嬉しかったし、
近い距離だからこその特別な音って良いですよね。

あー、楽しかったなー

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